2022.06.28 Monthly Pitch

環境エネルギー投資・白石氏に聞く、欧州ESG市場の今(前編)

白石到(環境エネルギー投資 グローバルヘッド)
北尾崇(サイバーエージェント・キャピタル シニア・ヴァイス・プレジデント)

ESGとは、環境(E: Environment)、社会(S: Social)、ガバナンス(G: Governance)の英語の頭文字を合わせた言葉です。企業が企業が長期的(サステナブル)に成長するためには、経営において ESG の観点が必要だという考え方が世界中で広まっています。日本では今年4月に東証が市場区分を再編、「プライム」に上場する企業には、ESG の観点を含むコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の適用が求められるようになりました。

世界をリードする企業が属するプライム市場への波は、やがてスタートアップにもやってきます。スタートアップに投資するベンチャーキャピタルは言うまでもなく、現在、スタートアップを経営する起業家や起業家予備軍の人たちも、ESG は強く意識すべきテーマになっています。いわゆるテクノロジースタートアップのロールモデルを、我々はシリコンバレーに求めることが少なかったわけですが、ESG についてはどうでしょう? この分野の牽引役は、歴史的にも労働環境・地球環境などにセンシティブなヨーロッパです。

今回お話を伺う白石さんは、モルガン・スタンレーを経て、2006年よりFortis / ABN Amro銀行(アムステルダム)、2009年より再生可能エネルギー企業Masdar (アブダビ)にて、カーボンクレジットの取引に従事され、2011年には丸紅(パリ/東京)に転じ、欧州の化学会社との ESCO 事業の合弁会社設立に従事されました。2017年から環境エネルギー投資に参画され、ヨーロッパを拠点に海外投資や情報収集を先導されています。現地に居ないとわからない、欧州の ESG 市場の今を伺いました。


以下は、ディスカッションの要旨です。ディスカッションの全編は動画をご覧ください。

北尾:今回は環境エネルギー投資のグローバル、ヨーロッパの方で活躍されています白石さんにお越しいただいております。白石さんよろしくお願いします。

白石:よろしくお願いします。本日はお招きいただいてありがとうございます。

北尾:これまで日本の最前線を色々伺ってきたんですけども、やはりこの領域の中心は欧米・欧州と思わざるを得ないというところで、今日はいろんな話を伺っていきたいと思っております。

白石さんの自己紹介からお伺いできればと思います。

白石:環境エネルギー投資の白石到と申します。私は 2017 年から環境エネルギー投資に参画しておりまして、通常オランダを拠点に欧州のスタートアップ米国のスタートアップ投資先のポートプレミアの管理他のベンチャーキャピタル・投資家との関係構築を主に行っております。

2006 年から 2012 年は京都議定書の排出権取引にも従事しておりました。この分野にしばらく身を置いている者でございます。よろしくお願いします。

北尾:ESGという言葉ができたり、クリーンテックという言い方が 2012 年前後にはありました。最近はClimate Techという言葉で言われています。日本の VC や起業家の方と話すと、今回のムーブメントを一過性のもの、一時的なものと捉えている声も聞こえます。

一方で一時的なトレンドとは全然違うようなニュースや、動きが見えてきていると思っています。これまでと今回のムーブメントの違いを教えてください。

白石:10年前からこの分野にいますが、今回は違った景色だなと思ってます。大きく分けると 2 つポイントがあります。

1 つ目はインフラ。12 年前のクリーンテックのブームは環境対応気象変動対応が必要だと認識した人達が太陽光発電、風力発電のディープテックに近いものを中心として、起業されたりベンチャーキャピタルとして投資しました。過去 10 年から15 年の間に、太陽光価格が大幅に下落して、風力発電の発電コストも下がって、再生可能エネルギーの基礎となるインフラができつつあると見ています。これらのインフラができあがった上でソフトウェアのサービス、ビジネスモデルのサービスの投資で、スタートアップの数が大きく増えているのが実状です。

インターネットの 90 年代後半から2000 年前半。そして 2010 年以降のインターネット業界のプロセッサーのスピードとコネクションのスピードが大きく変化してきたのと似てると思います。

2 つ目は社会構造。意識が変化していると思います。

人々の環境問題、特に気象変動への意識が大きく変化しており、特に若い世代の人たちが強い問題意識を持って活動しています。これが無視できないレベルの規模になってきて、社会的に大きな動きとなってます。

私はオランダのアムステルダム郊外の小さな町に住んでいますが、コロナ前は毎週金曜日に子供達・学生が集まって気象変動への対応を求める抗議を行っていました。それに加えてオランダの市民団体がエネルギー会社のShellを気象変動への対応が不十分だと訴えて、Shellが敗けています。

そういった流れがあるので、企業側も意味がある行動を起こさないと消費者から支持されない。優秀な人も獲得できない。さらには投資家から相手にされなくなっていく。一部の人の間でソーシャルライセンスという言葉がありまして、幅広い社会からの指示を得られなくなってきています。

インフラの大きなハードウェア技術面、そして社会構造の変化という点で今回は景色が違うなと感じています。これは本当の変化かなと思っています。


Photo credit: Raimond Spekking under CC BY-SA 4.0

北尾:社会的なムーブメントで、ヨーロッパの消費者の行動に大きな変化が出てきてるところを詳しく聞きたいです。ヨーロッパが先行している理由を教えてください。

白石:これは聞く方によって意見が異なると思います。私が思うには、18 世紀以来産業革命が始まって、今の世界の技術面、生活の豊さ、これらをリードしてきた自負があると思います。

同時に負の面があると。石炭化石燃料の大量利用、大量生産、大量消費が環境破壊をしている認識を持っているのかなと思います。過去の環境破壊からの学びから、一般市民からの指示を得やすい政治的トピックでもあります。日本も同じですが、比較的高い教育水準、社会保障がある程度しっかりしていることで、欧州、特に西側では議論が多いのかなと思います。

例えば欧州最大の経済圏ドイツでは経済大臣、外務大臣は緑の党出身です。ドイツの動きは欧州全体にも非常に影響は大きく、環境を意識している政党が政治・経済・安全保障のすべてでドライバーシートにいるというイメージです。同時にこれを良い機会だと位置付けて、新しい産業政策、制度規制を整えて新しい産業革命が生まれるようにしたいと思っていると思います。

産業育成によって当然新しい産業もできますし、雇用拡大もできます。非常に賢いなと思うのは、短期的なパイロットとか補助金ではなくて中長期的な市場を形成している点です。それによってプライベートセクターが投資も判断できるような環境を作ってサポートしています。

2030~50 年と中長期に渡って指針とロードマップが示されています。大企業もスタートアップも活躍して新しい市場を狙って動く機会ができていると思います。


ドイツ政府が公開する、2050年の気候アクションプラン
Image credit: ドイツ環境・自然保護・建設・原子炉安全省(BMUB)

北尾:消費者の行動にどういう変化がありますか。ヨーロッパの消費者の行動に変化や、もしくは今後こういう変化がもっと起こりうるという話しを聞いてみたいです。

白石:ボトムアップやトップダウンだけの一方通行ではなくて、両方全体で動いてる認識です。1 つの事例で考えてみると、電気自動車を買うのは、経済的インセンティブも大きいのですが普及が早く進んでいます。

欧州経済圏の一部であるノルウェーは 2025 年までにディーゼル車、ガソリン車の販売を中止すると発表してましたが、かなり進んでいて今年の内にガソリン車、ディーゼル車の販売が終わる状況に来ています。

欧州全体で見ても、例えば 2022 年第 1 四半期 1/4 がプラグイン型の電動車でした。オランダは特に町のあらゆる所にチャージステーションがあります。

昨今ガソリン代が欧州では高くなっていますので、電気で移動した方がお金がセーブできる。カリフォルニアも同じでUberのドライバーに聞くと、電動自動車の方がランニングコストが低くできるそうです。大きな買い物以外で一般の日々の買い物でも植物素材の疑似肉が増えています。スーパーでは一般肉と同じぐらいのスペースが取られています。いろんなブランドがたくさん出てますし、ハンバーガー、ソーセージとかなり種類も多く出てきてます。

あとは直接環境の視点からは少し異なりますが、ロシアとウクライナ紛争の影響で、特に石油石炭、天然ガスの利用を減らして再生可能エネルギーを増やしていきたい。自分の家の屋根にソーラーパネルを置きたい人がたくさん出てきてまして、ドイツの最近の調査だと、今年入ってから太陽光を設置したい人が、2021 年 1 年間に設置された数の 20 倍の需要が急に出てきています。安全保障とエネルギー・環境は別々に語られることがあるかもしれませんが、欧州では同じものだということで、環境対策=安全保障として補助やサポートが増えているのが現状です。


2010年4月、ロシアとヨーロッパを結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム」の着工記念式に臨んだロシア・メドヴェージェフ大統領(当時)。(Photo credit: Kremlin.ru under CC4.0)

北尾:環境対策=安全保障に至った背景を教えてください

白石:NATO加盟国を中心とした国々とロシアとの対立が結構深刻になっています。欧州最大の経済圏ドイツが利用している天然ガスの 40% はパイプラインを通じて主にロシアから来てます。これ本当かどうかわかんないですけど、日々1 ビリオンから日本円1,300億円ぐらい毎日ロシアに送金をしてると皆言います。戦争に使われているので、ガスの利用、石炭の利用。ガソリンの利用、ディーゼルの利用を如何に減らせるかが、非常に大きな議論のポイントになってます。

太陽光、風力、また欧州では原子力が復活の兆しがありますが、こういった分野が非常に大きく注目されて加速しているイメージです。

北尾:サステイナブルへの意識が日本とは大きく違うなと感じました。白石さんの肌感覚で良いのですが、欧州ではどの程度浸透しているか教えていただけませんか

白石:私にも実際分かりませんが、感覚で申し上げると多分日々大きなコストをさらに追加で払ってもサステイナブルを意識しながら新しいものを買っている、あるいは再生可能エネルギーに使う、環境に良いことやっていく人はマジョリティーではありません。

基本的には経済的な観点からの判断が主だと思います。大きな違いは人口全体からするとマイノリティの人たちが積極的に行動の変化をもたらしていると思いますが、同時に経済的判断でも同じような行動を起こせる市場を欧州政府、各国が作り出している点にあります。

例えば、排出権取引は、1tの二酸化炭素の排出にあたってそれなりの支払い義務が出てきます。それが経済的に転化されて最終的に消費者に渡る時に、環境負荷が低いものほど安くなる、あるいは経済的競争力が高くなる状況を作り出してると思います。

北尾:なるほど。面白い話をありがとうございます。

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